深夜2時のコンビニ。レジ打ちの佐藤は、いつものように棚の補充をしていた。特に変哲もない、月曜日の深夜。冷蔵ケースのガラスに映る自分の疲れた顔を見て、ため息をついた。
その時だ。
「……おい。佐藤。」
後ろから声がした。振り向くと、誰もいない。店内は俺一人。幻聴か? と思ったら、今度は鮭おにぎりの隣に並ぶ梅おにぎりが、海苔がピリピリと震えている。
「…誰か呼んだ?」俺が尋ねると、梅おにぎりが「ブツブツ」と言うかのように震えた。
「おめー、毎回そうだよな!」
突然、梅おにぎりが宙に浮き、レジカウンターの上にドン!と着地した。三角の形が、まるで怒っている人間のように見えた。
「オレ、梅干しだからって『地味』扱いすんな!」梅おにぎりが叫んだ。声は、渋い中年男性の声だ。「『梅って安全牌だよな~』って笑うな!オレの酸っぱさは、人生の苦労を知ってる男の味だってのにな!」
俺は目をこすった。酔ってる? それとも夢?
「お、おにぎりが…喋ってる…?」
「喋ってるどころか、怒ってんだよ!」梅おにぎりが海苔をパタパタさせた。「おめー、今日もお客さんに『梅はいらない』って言われたろ? あの若造、ツナマヨばっか選んで、オレを『無難』って呼んだんだぞ!無難って何だよ!」
隣の鮭おにぎりが、静かに口を開いた。 「梅干郎、落ち着けよ。お前も過敏だ」 「黙れ鮭美!」梅干郎が反論した。「お前はいつも『王道』って言われて得意気だろ? オレは『変わり種』扱いされるんだよ!辛子明太子は『刺激的』、昆布は『上品』って褒められて、オレは『…梅ね』だよ!梅ね!」
棚の隅で、ツナマヨおにぎりがくすくす笑った。 「梅干郎のくせに、プライドだけは人並み以上だな~」 「お前も黙れツナ子!」梅干郎が跳ね上がった。「お前は『甘くてクリーミー』って女の子にモテてるくせに、中身はただのツナだろが!虚偽広告だ!」
俺は呆然と、おにぎりたちの口論を見ていた。まるで人間の会社の飲み会だ。梅干郎がさらに熱弁を振るった。 「わかってるか? オレの梅干しは、南高梅の最高級品だ! 太陽を浴びて、雨に濡れて、じっくり熟したんだ! その酸っぱさは、人生の悔しさを知った男の涙の味だ! なのに『地味』だと?この侮辱、許すか!」
梅干郎はレジの上をグルグル回り始めた。 「よし、わかった!」突然、彼が立ち止まった。「ストライキだ! 明日から、全おにぎりが『梅味』に変身する! ツナマヨも鮭も、みんな梅の味に染まるんだ!コンビニおにぎり界の革命だ!」
「無理だよそんなの!」鮭美が冷静に指摘した。「具材は工場で決まってるんだ」
「なら、自分で変える!」梅干郎が宣言した。「今夜中に、このコンビニの冷蔵庫を占拠する! おめーたちも協力しろ!おにぎりの尊厳をかけた戦いだ!」
ツナ子が首をかしげた。 「え~でも、お客さんが来たら…」
「来させねーよ!」梅干郎が冷蔵庫のドアに張り付き、全力で閉めようとした。「このドアを、俺たちの意志で塞ぐんだ! 梅味の王国を築く!万歳!梅万歳!」
その時、チャイムが鳴った。客が入ってきた。酔っ払いのサラリーマンが、棚に手を伸ばした。
「あ、おにぎり…梅が一つ…」
梅干郎が硬直した。鮭美がささやいた。 「…今だ、逃げる時だ」
ツナ子が「ひゃっ!」と叫び、棚の奥に転がった。梅干郎だけが、レジの上で震えていた。サラリーマンが梅干郎を手に取り、レジに置いた。
「これ、お願い」
俺は機械のようにレジを打った。梅干郎は袋の中で、微かに震えていた。まるで、屈辱に耐える武士のように。
サラリーマンが店を出て、静寂が戻った。梅干郎が袋から顔を出し、呟いた。 「…また、負けたか」
鮭美が静かに言った。 「次は、もっと激しくキレればいい」
ツナ子が笑った。 「次は、辛子明太子と組んで『激辛梅』でリベンジしようぜ!」
梅干郎が、ゆっくりと棚に戻っていった。その背中は、敗北しながらも、まだ諦めていないように見えた。
俺はレジの前で立ち尽くし、ふと笑った。明日から、コンビニのおにぎり棚が、少し面白く見えそうだった。